高山彰彦プロフィール
体育大学を卒業後、有料老人ホームのケアワーカー、特別養護老人ホームなどで生活相談員、在宅介護支援センターでケースワーカーとして従事するほか、介護福祉士養成校の教員、大手介護事業所の人材育成部長を歴任。新人から管理職の人材育成にまつわる育成プログラムを構築・運用。多くの介護職の育成に携わる。介護保険制度導入前から在宅サービス統括責任者として、さまざまな介護サービスを創設するなど、地域住民や関係機関の駆け込み寺として活動。介護者の身体的な負担を軽減するために、学生時代に学んだ生体力学を基に独自の介護技術を考案。介護技術を伝える講師として2017年に起業。
これまでの経験をもとにセミナー講師として活動
これまでの経緯、現在の事業についてお聞かせください。
私は、大学時代に人体の構造や運動機能と力の関係などについて学びました。卒業後は、老人ホームで高齢者のケアをしたり、社会福祉法人で生活相談員として利用者や家族の相談にのったり介護の現場で働いてきました。
また、専門学校や短大で教員を務めるほか、介護事業所では介護職員や管理者の人材育成に携わるなど、長年、介護の世界に身を置いていました。
これら介護に関する知識や実務経験もとに、現在は介護技術に関するセミナーを行う法人を立ち上げ講師として活動しています。セミナーは自宅に設けた研修室で実施するほか、介護事業所などに出向く講師派遣にも対応しています。
一日も早く介護者、要介護者をサポートしたいと考え定年を待たずに独立
介護研修事業を始めたきっかけをお聞かせください。
少子高齢化が進む日本では、どの業界も人材不足だと言われています。介護業界も同じで、介護の担い手が少ない、いたとしてもすぐに退職して定着しないということが課題となっています。
また、介護業界では「2025年問題」という不安も抱えています。これは、1940年代なかばに生まれた団塊の世代が、2025年頃に75歳を迎え後期高齢者になることから、2025年がキーワードとなっています。近い将来、今以上に日本の高齢者の割合が増え、医療・福祉に大きな影響を及ぼすと言われています。みなさんは「70代でも元気な人が多い」と思うかもしれません。しかし、要支援、要介護に認定される人が増えるのは、実は75歳ぐらいからなんです。
介護という仕事、そして日本の現状を案ずる中で「介護に携わる人、介護を受ける人たち双方に寄り添えるサポーターが必要。しかも、一日も早く手だてを講じることが大切」と考え、定年を待たずに独立しました。
ホームページ開設とクラウドファンディングにより執筆本を出版
独立にあたり準備したこと、取り組んだことはありますか?
私が理事を務める「幸せ介護創造ファクトリー」は、私が退職する前に登記を済ませ、ホームページを開設していました。法人登記の書類をまとめて提出したり、自分でホームページを作ったり準備をしました。退職前に準備をしたことで、退職するとともにセミナー講師として活動を始めることができました。私が事業運営のために取り組んだのは書籍の出版です。2018年に出した本は自費出版で、クラウドファンディングから支援者を募り資金を用意しました。
クラウドファンディングには、いくつか種類があり「オールオアナッシング方式」と「オールイン方式」という方法があります。オールオアナッシング方式は、期間内に目標金額に達した場合にのみ支援金を受け取ることがでるもので、目標金額に達しない場合は支援がキャンセルされ支援者に返金されます。なお、キャンセルになるとリターン(支援者へのお返し)の必要はありません。オールイン方式は、目標金額に到達しなくても集まった分の支援金が受け取れる方式で、支援者にリターンを行います。
私の場合は、目標額に到達しなくても出資額をいただけるオールイン方式で出資を募りました。出資者へのリターンとして書籍の提供とセミナー受講券、講師派遣券などを用意しました。結果、目標額には達しませんでしたが、出資していただいた資金も出版費用の一部とさせていただき、予定通り出版することができました。
執筆本では、介護者の身体的、体力的な負担を軽減するための介護方法を紹介しています。この内容をもとに介護技術セミナーを行うほか、介護・福祉機器などの展示会に出展し、自分たちのブースでミニセミナーを開催しました。本を読んでセミナーに参加する人、展示会を通じて本を購入したりセミナーに申し込んだり、講師派遣の依頼などにつながりました。
セミナーに来てくださるのは、介護福祉士や看護師、作業療法士、理学療法士といった医療・介護従事者だけでなく、自宅で家族の介護をしている専門職以外の方もいます。エリアも幅広く、私の活動拠点である大阪近辺の事業者や地域住民の方だけでなく、北海道や北陸、四国、中国地方からも受講があります。
なお、ホームページについては業者に頼んで改修してもらいました。事業内容や研修案内、講師紹介といった各ページへの導線をわかりやすくしたり、SEO対策を行ったり、サイトを整えました。今はネットから情報を得る人がとても多いので、お金はかかりますがホームページの整備は重要だと思います。
ホームページやSNSでセミナー開催日を発信するときは受講者の知りたい情報を掲載
セミナー開催の流れやポイントについてお聞かせください。
毎月セミナーを開き、日程や取り上げるテーマ、受講料をホームページで掲載しています。他にFacebook(フェイスブック)や、LINE(ライン)を使ってセミナーなどの案内をしています。告知するときは、「何について学べるのか」「専門職以外、家族介護者なども参加できるのか」「料金はいくらなのか」「いつ支払うのか」など、受講が知りたい事柄を書くようにしています。
私どもでは、1カ月ごとにセミナーのスケジュールを組んでいます。開催日は約10日で、午前と午後の1日2回、月に20回ほどセミナーを開いていますが、すべて違うテーマではなく、受講希望が多いものは数回にわたり実施しています。
例えば「移乗介助」というテーマの場合。セミナーを始める前に受講者からヒアリングを行い、不安点や悩み事に合わせて進めるようにしています。人によって、聞きたいこと、レクチャーしてほしいことが異なるので、同じテーマでもバリエーションが生まれます。そのため、4回、5回と足を運ぶリピーターもいらっしゃいます。
セミナーは「参加しやすいようにわかりやすく情報を伝えること」、そして「参加したことにより得られるメリット」を用意しておくことが大切だと思います。また、少しでも興味を持ってくれた人が気軽に参加できるよう無料体験セミナーを開くなど、接触の機会を作っておくのもいいでしょう。
過去の人脈に頼るだけでなく自ら働きかけることが大切
起業、そして事業運営を振り返り何か思うことはありますか?
新たな分野を開拓するのではなく、自分の経歴をもとに起業する場合、また技術職など会社勤めの頃と同じ職種で独立する場合。「これまでのお付き合いから仕事が入ることを見込んで…」という方もいらっしゃるでしょう。私もセミナー講師として活動するにあたり、介護業界の人脈を生かすことができると思っていました。
しかし、物事は予想した通りには進みません。期待を裏切られることもあります。以前の関係先にあいさつに回ることも必要ですが、私自身は、ホームページと本の執筆・出版、展示会を主軸に一つ一つ丁寧に活動を積み重ね、介護研修事業を進めてきました。
具体的にはホームページやSNSで情報発信を行い、著書の出版で事業内容を明確に打ち出しました。展示会ではターゲット層に積極的にアプローチしたことで、多くの方の目にとまったのでしょう。そして、セミナーを受けた専門職の方が職場で声掛けをしてくれて、介護事業所単位の受講につながるなど「実動の先に新たな展開が広がるのだ」ということを実感しています。何事も、自ら働きかけることが重要だと思っています。
2020年は新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい、人が集まるイベントなどを自粛する動きが広がりました。私たちも、これを機に多くの方に受講していただけるようにオンラインセミナーの準備を進めています。これまでも、パワポ(パワーポイント)を使って資料作りをしていたので、パソコン作業に抵抗はありません。音声や動画を取り込むなど「わからないことはその都度ネットで調べて試す」の繰り返しなので大変ではありますが、徐々に慣れてきました。
起業する人には、何事にも苦手意識を持たず「自分でやってみる」というチャレンジ精神と、世の中の流れに臨機応変に対応する柔軟性が求められるかもしれません。
社会貢献の気持ちで介護技術について指導できる講師を育成していきたい
今後の展望についてお聞かせください。
独立する際に発行した本は、多くの方に手に取ってもうことができ重版になりました。2020年には新たな介護本を出版し、実技について解説したDVDも販売しました。今後は、著書をテキストとして活用しながら、私の法人独自の指導者養成コースを構築し認定講師を輩出していきたいと考えています。介護技術を指導できる講師が全国各地でセミナーを開催することで、より多くの方に介護について学んでいただくことができます。
最初にお話ししたように、今後は介護を必要とする人が増えます。介護福祉士といった専門職は、さらに需要が増えていくでしょう。また、家族を持つ誰もが介護者になる可能性があります。「体の適切な使い方を知り、無理なく介護に携わってほしい」、そんな願いで講師をしています。
だから、私の事業は社会貢献の気持ちが強いと言えるでしょう。介護・福祉といった事業でなくとも、50代、60代で起業する人は「自分にできることで社会の役に立ちたい」という方が多いのではないでしょうか。私はそう思います。