【起業事例】トヨタ自動車を退職後54歳で起業。ブランド茶の体験教室の企画・運営事業で地域に貢献
インタビュー
2018年にDPS株式会社を設立し、お茶の体験教室「さやまちゃ塾」および、お茶の通販サイト「SaiSai」を運営する丸澤武さん。伝統ある狭山茶のブランドを守り、その魅力を伝えることで、地域を活性化する戦略とは?
丸澤武(まるさわたけし)プロフィール
1986年 トヨタ自動車入社。海外分野の営業企画や商品企画などを担当。
2017年 トヨタ自動車退職。狭山茶農家からお茶の作り方や淹れ方などのノウハウを学ぶ。
2018 年 DPS株式会社設立。お茶の体験教室「さやまちゃ塾」を開始。
狭山茶農家と知り合い、地域の課題に直面し、仕事のベースができた
Q:起業を考えた年齢と選んだ事業を教えてください。
まずは54歳で、コインランドリーの事業を開始しました。この分野を選んだ理由は、人件費があまりかからないことと、設備が大がかりじゃないこと。つまり、起業の初級編として最適ではないかと考えたからです。
現在は、コインランドリーの運営は人に任せ、お茶の体験教室の企画・運営を事業の柱としています。もともと起業時に地元密着・地域貢献という理念があったので、もっと所沢周辺の魅力を知ってもらい、地域の発展につながる仕事をしたいという気持ちがありました。
そんな折、会社員時代の上司との縁から、所沢を中心に活動しているNPO法人を知り、狭山茶を栽培している農家の当主と出会うことができました。その方の紹介で、次々と狭山茶の生産者とつながることができ、お茶の仕事のベースとなる人脈が形成できたのです。
生産者の方たちと話しているうちに、日本茶を飲む人が減り、生産量も減っているという課題が浮き彫りになってきました。後継者が見つからず、茶の栽培をあきらめてしまう農家もあり、狭山茶というブランドの火が消えてしまうのではないかと危機感が募りました。
茶農家の協力を得て「さやまちゃ塾」がスタート
Q:狭山茶の伝統を守るために、何を始めましたか?
それまでは、お茶はおろか、農業についてもほとんど知りませんでした。しかし、お茶という飲み物や文化の現状を知ったことで、「狭山茶の魅力を広めたい」「そのためには何をしたらいいのだろうか」と考えるようになりました。
このような経緯から立ち上げたのが、狭山茶の体験教室「さやまちゃ塾」です。農家でも、茶摘み体験のような参加型の企画を実施しているところはありますが、お茶の栽培方法や製造工程、歴史、おいしい淹れ方など、網羅的に学ぶことができ、狭山茶を丸ごと楽しめる場が必要だと判断したからです。
「さやまちゃ塾」では、お茶農家のみなさんが講師を務め、自分はプログラムを企画するという役割分担をしています。そして、受講生から参加料をいただき、収益の柱の一つとしています。
フランスのワイナリーツアーを参考にプログラムを構築
Q:「さやまちゃ塾」を始めるために、どんな準備をしましたか?
塾のスタイルを構築するにあたり、参考となる事例を研究するため、シャンパンの産地として知られるフランスのシャンパーニュ地方を訪問し、ワイナリーのツアーに参加しました。この地域では、シャンパンの製造方法やブランドの歴史などを解説し、試飲や購入もできる見学プログラムが用意され、観光客に人気です。
その中でも、特に印象に残ったツアーがありました。ガイドの洗練された服装やホスピタリティ、そして何よりも、ツアーの進行とともにだんだん理解が深まっていくプログラムの秀逸さに感銘を受けました。その体験から吸収したエッセンスが、「さやまちゃ塾」の中身に反映されています。
奇をてらわず、ありのままの地域の魅力をネットで発信する
Q:「さやまちゃ塾」の集客方法と、重視しているポイントを教えてください
塾の取り組みを知ってもらうため、まずはウェブサイトの作成に取り組みました。最近はネット検索よりも、SNSからホームページに流入してくる人が多いので、SNSからホームページに誘導するにはどうしたらいいのか、試行錯誤しながら対策を講じています。
特に、新しいサービスやブランドは、言葉で説明してもなかなか理解してもらえないので、ビジュアルで魅力を訴求することが大事です。「おいしそう」と感じるお茶、「行ってみたい」と思わせる風景をSNSに投稿して興味を持ってもらい、ホームページまで来てもらいます。
とはいえ、奇をてらった演出や誇張は必要ありません。目の前に広がる緑の茶畑など、産地にある、ありのままの風景やおいしそうなお茶、生産者の魅力をリアルに表現することで、「ここに行きたい」「これを味わってみたい」「この人に会いたい」という気持ちになってもらえるよう、知恵を絞っています。
塾で茶農家との関係が深まり、独自の販売網を構築することができた
Q:狭山茶の通販サイトの状況はいかがでしょうか?
塾だけでは、そこまで収益は上がらないだろうということは、最初から承知していましたので、お茶の販売にも活路を見出そうと考えました。
幸い、塾での講師を務めてもらううちに農家の方たちと親しくなっていったので、その関係性をベースに販売網を構築することができたのが大きかったですね。
「丸澤さんのためなら」と希少なお茶を卸していただいたり、お客さまからのリクエストに応えてもらうことで、オンラインストアの魅力や特徴が表現できるようになりました。
実は海外への輸出も視野に入れ、準備を進めていたのですが、残念ながらコロナの影響を受け、一時保留となってしまいました。しかし、状況が変わる時を見据え、これからも国内外問わず、取引先を増やしていきたいと考えています。
地域の暮らしや風景がインバウンドの目玉となる
Q:狭山茶の魅力は、海外の人にも伝わっているのでしょうか
お茶の販売もそうですが、塾の方もインバウンドを意識した設計を考えています。
以前、地域の魅力が外国人にはどう映るのかを確かめるため、都内在住の外国人10名ほどに集まってもらい、所沢・川越・入間・狭山の観光地を案内したことがあります。
そして、ツアーの最後に印象的だったこと、良かったことを尋ねると、ほとんどの人が「お茶」と答えたんです。
地域の住民にとっては、茶畑は昔からある日常の風景なので、普段は意識することはないかもしれません。しかし、外から来る観光客にとっては、お茶という飲み物や茶畑は、貴重な観光資源であることがあらためて認識できました。
このようなツアーも、コロナの影響で難しくなった面もありますが、「狭山茶の魅力を広めたい」という初心を忘れずに、今後も実施していきます。
「何をするのか」よりも「何のためにするのか」を決めて起業する
Q:起業において大切なことは何だと思いますか?
実は、若い頃から起業に興味はあったのですが、就職してそのまま50代を迎えました。
30年も勤務を続けられたのだから、会社員としての仕事や生活にも十分なメリットはあったはずですが、心のどこかに「自分の力で何かをしてみたい」「自己実現したい」という思いがありました。その思いを叶えるには、気力体力がまだ残っているうちに始めないと間に合わないと考え、定年前に退職しました。
退職が決まってからは、「これから何をするのか」と散々聞かれました。
しかし、「何をするのか」を決めるのは後でいいのです。それよりも大事なのは、「何のために」起業するのかを明確にし、その理念に確信を得ることです。ここがしっかりしていないと、起業してから「何のためにこの仕事をしているのか」「こんなことをするために起業したのだろうか」と迷ってしまう恐れがあるからです。
私は、「地域密着」「地域創生」という理念を掲げて仕事に取り組んでいますが、これらの背景には、日本の将来に役立つ仕事をしたいという強い思いがあります。日本は高齢化社会に突入し、70代になっても働くことが推奨されるようになりましたが、高齢者が活躍できる仕事や業界は、限られているのではないでしょうか。
しかし、農業や観光の分野なら、日本ならではの伝統や技術、特色がありますし、それを世界に伝えるには、高齢者の知恵や経験が必要です。高齢者の雇用を創出し、その力を借りて日本の魅力を発信し、世界中の人たちに「行ってみたい」「食べてみたい」「体験してみたい」と思わせるコンテンツを提供する。そのような形で、国と地域に貢献したいという志を持っています。
自分がやりたいことを、やりたいようにできるのが起業の良さです。私もまだまだ途上ではありますが、人との出会いを通して事業の方向性が固まっていったので、まずは行動してみると、思いがけないアイデアが生まれてくるのではないでしょうか。
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