50代起業は経験だけでは続かない。品質管理の第一人者が語る「経営する力」の重要性【濱田金男さんインタビュー①】
インタビュー
昨今は「AIが仕事を奪う時代」といわれています。
しかし、長年にわたり製造業の第一線で製造、設計、品質管理、海外工場の立ち上げ、人材育成、研究開発支援まで携わってきた濱田金男さんは、まったく逆の考えを持っています。
「AIは若い人のためのツールではありません。経験を積んだ人ほど、その価値を引き出せるものなんです。」
現在は品質管理コンサルタントとして企業支援やセミナー講師を務める一方、生成AIを活用した業務改善や知識継承の仕組みづくりにも取り組む濱田さん。
AIは経験を置き換えるものではなく、現場で培われた知識や勘、ノウハウといった暗黙知を言語化し、新たな価値へと変えるパートナーだといいます。
なぜ、50代・60代こそAIを活用すべきなのでしょうか。
前編では、濱田さんが歩んできた製造業でのキャリアや起業までの道のり、そしてシニア世代だからこそ実現できる「経験×AI」という新たな可能性について伺いました。

品質管理コンサルタント。製造、設計開発、品質管理、海外工場の立ち上げ・改善など、40年以上にわたり製造業の現場で経験を積む。2013年に独立、2018年に法人化。現在は品質管理や生成AIを活用した企業研修・コンサルティング、研究開発支援を行い、熟練技能の継承や業務改善に取り組んでいる。
40年以上の現場経験が、品質管理コンサルタントとしての原点に
韓国企業向けオンラインセミナーでの講演。品質管理と生成AIをテーマに、国内外で技術者の育成や企業支援を行っている
濱田さんは40年以上にわたり、製造業のさまざまな現場を経験してきました。
現在は、その豊富な実務経験を強みに、品質管理のセミナーや企業支援、さらには生成AIを活用した新たな取り組みにも挑戦しています。
まずは、現在の仕事内容と、これまで歩んできたキャリアについて伺いました。
Q:現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
現在は、品質管理をテーマにしたセミナー講師を中心に活動しています。
新技術開発センターや日刊工業新聞社などからご依頼いただく研修のほか、自分でも無料・有料セミナーを企画しており、多い月には3〜4本ほど開催しています。 また、企業の技術支援にも携わっており、現在は国の補助金を活用した研究開発プロジェクトをサポートしています。
企業が約3年間かけて進める研究開発について、技術面やプロジェクトの進め方をアドバイスする役割です。 現在取り組んでいるのは、EV(電気自動車)の軽量化につながる強化プラスチックの新素材開発です。
セルロースナノファイバーを活用した強化樹脂の開発を、群馬大学とも連携しながら進めています。 そのほか、中国で築いたネットワークを活かし、部品製作や技術商社のような仕事も続けています。
Q:品質管理のセミナーでは、どのようなことを伝えているのでしょうか。
企業や研修会社が主催するセミナーでは、製造業の中堅技術者を対象に、品質管理やFMEA(故障モード影響解析)をテーマとした講義を行っています。 不良を減らすための考え方や、設計段階から品質を高めるための手法など、現場ですぐに実践できる内容が中心です。
また、自主開催しているオンラインセミナーでは、最近は生成AIをテーマにした内容が増えています。
「生成AIを品質管理にどう活用するか」「熟練者の知識をどうAIで継承していくか」といった、AIと品質管理を組み合わせた実践的な内容をお伝えしています。
さらに、ポリテクセンター群馬でも品質管理の講師を務め、「品質管理の基本」「品質管理の応用」「問題解決」などの講義を担当しています。
Q:企業への研究開発支援では、どのような立場で関わっているのでしょうか。
私自身が実験をするわけではありません。
実験や評価は企業の技術者が担当し、その結果を見ながら「次はどのように進めるべきか」を一緒に考える役割です。 また、補助金事業では研究成果を報告書としてまとめる必要がありますので、計画どおりに進んでいるか、今後の方向性をどうするかといった点についても助言しています。
どちらかというと「先生」というより、技術者に伴走するアドバイザーですね。
Q:現在のお仕事は、これまでのキャリアの集大成ともいえそうですね。
そう思います。
最初は製造部門で、完成品の調整や試験、検査を約10年間担当しました。 その後、1980年代に半導体やマイコンが登場し「これからは設計の時代になる」と感じ、自ら希望して設計部門へ異動しました。
設計には15〜16年携わり、その後は品質管理部門へ移りました。 さらに50歳前後で、中国工場の立ち上げにも携わりました。 現地では品質管理体制の構築だけでなく、人材育成や品質改善にも取り組み、多くの部品メーカーと一緒に改善活動を進めました。
当時築いたネットワークは、今でも仕事につながっています。 振り返ると、製造、設計、品質管理、海外工場、人材育成と、一つひとつの経験が積み重なり、現在の仕事の土台になっています。
失敗の積み重ねが、品質管理のプロとしての強みになった
改善活動の様子。40年以上にわたり現場で培った経験を生かし、現場の技術者と対話を重ねながら、品質改善や研究開発を伴走支援している
40年以上のキャリアを振り返り「成功よりも失敗のほうが多かった」と語る濱田さん。
数え切れないほどの試行錯誤を経験してきたからこそ、現在の企業支援やセミナーで伝えられることがあるといいます。 現場で積み重ねてきた経験の価値について伺いました。
Q:製造、設計、品質管理、海外工場と幅広い経験を積まれてきましたが、その中で現在の仕事につながる大きな転機や学びになった出来事はありますか。
若い頃から「いつか自分で何かをやりたい」という思いをずっと持っていました。
ただ、その一方で仕事は決して順調だったわけではありません。 設計では何度もやり直しを経験しましたし、市場に出た製品で不具合が発生したこともあります。
中国でも、日本とは違う環境の中で品質を維持する難しさを何度も経験しました。 振り返れば、成功よりも失敗の方が多かったかもしれません。
ですが、当時は失敗だと思っていたことも、今振り返るとすべて意味があったと感じています。 品質管理のセミナーや企業支援でお伝えしている内容は、机上の理論ではありません。
私自身が現場で失敗し、悩み、改善を繰り返してきた経験そのものなんです。
そのように、失敗を一つひとつ積み重ねてきたからこそ、今は企業や技術者へ具体的なアドバイスができるようになりました。
経験とは成功だけではなく、失敗も含めて大きな財産になると思っています。
Q:その経験が、現在のセミナーや企業支援、そして起業にもつながっているのですね。
そうですね。 若い頃、いつか独立したいという漠然とした思いはありましたが、当時はまだ経験も足りませんでしたし「会社全体をどう良くするか」という経営的な視点は十分に持てていなかったと思います。
独立してからも、最初は決して順調ではありませんでした。
セミナーも企業支援も思うようにはいかず「どうすれば事業として継続できるのか」「どうすれば利益を出せるのか」を試行錯誤しながら学んできました。
10年以上続けてきた今になって、ようやく全体を俯瞰して考えられるようになりましたね。
50代で独立。「自分の力で仕事をしたい」という思いを形に
若い頃から抱いていた「いつか自分で仕事をしたい」という思い。
会社員生活に一区切りをつけた濱田さんは、自ら品質管理セミナーを企画し、一歩ずつ事業を広げていきます。
そして、FAX営業から始まった挑戦は、現在では全国へ向けたオンラインセミナーへと発展しました。 独立当初の試行錯誤について伺いました。
Q:独立を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。
個人で活動を始めたのは、2013年です。
その頃には「毎日決まった時間に会社へ行き、決まった時間に帰る」という働き方は、自分にはもう合わないと感じていました。 会社の組織の中で働くときは、本来やりたい仕事以外にも対応しなければならないことがありますし、何か新しいことを始めようとしても、どうしても意思決定に時間がかかります。
それよりも、自分が「これは価値がある」と思ったことを、自分の責任で自由に形にしていきたい。その思いが独立を後押ししました。 法人化したのは2018年です。
厚生労働省の「生産性向上支援訓練」の講師を担当するためには、講師を派遣する事業者が法人であることが条件だったため「法人化した方がいいですよ」と勧めていただいたことがきっかけでした。
Q:独立当初は、どのように仕事を広げていったのでしょうか。
最初は、高崎市や群馬県太田市などで品質管理のセミナーを自分で企画するところから始めました。
何も分からない状態でしたので、まずは無料セミナーを開催し、少しずつ実績を積みながら有料セミナーへ移行していきました。 受講者を集めるために、群馬県内の企業のFAX番号を調べて、一社一社セミナーの案内を送っていたこともあります。
その後は、もっと多くの企業へ情報を届けたいと思い、ホームページでメールマガジンを配信し、登録してくださった方へセミナー情報をお届けするようになりました。
コロナ禍前は東京・大阪・名古屋など全国各地で開催していましたが、現在はほとんどがオンラインです。 そのおかげで、地域を問わず参加していただけるようになり、活動の幅も大きく広がりました。
Q:独立当初は、セミナーと企業支援のどちらを軸に考えていたのでしょうか。
企業支援もやりたいと思っていました。
ただ、実際に中小企業の支援を行ってみると、品質改善は成果が出るまでに時間がかかります。 そのため、2〜3回で終わってしまったり、長くても半年ほどで終了したりするケースが少なくありませんでした。
企業側も日々の業務に追われていますから、継続的な支援を受けることは簡単ではないのだと思います。 その点、セミナーであれば、その時間だけ参加すれば学ぶことができます。
長期契約よりも参加しやすく、多くの方へ知識を届けられるというメリットがあります。
一方で、現在取り組んでいる研究開発支援は3〜4年単位のプロジェクトですので、企業と長期的に伴走することができます。 今は、セミナーを軸にしながら、企業支援や研究開発支援を組み合わせる今のスタイルが、自分には一番合っていると感じています。
Q:法人化したことで、仕事に変化はありましたか。
大きく変わったという実感はありません。 ただ「合同会社」という法人格があることで、仕事が少し進めやすくなったと感じる場面はあります。 もちろん、法人であることが信頼につながることもあるでしょう。
とはいえ、一番大切なのは会社の形ではなく、中身です。
法人だから信頼されるのではなく「どんな仕事をしているのか」「どんな価値を提供できるのか」。結局はそこが一番重要だと思っています。
Q:独立して、一番良かったと感じるのはどんな点でしょうか。
やはり、自分の裁量で仕事を進められることですね。
今は「これは良い」と思ったことをすぐに試せますし、状況に応じて柔軟に方向転換することもできます。
組織では、どうしても意思決定に時間がかかったり、自分一人では動かせなかったりすることがあります。 その点、一人で活動している今は、自分で判断し、自分の責任で行動できる。その機動力は、独立したからこそ得られた大きな魅力だと感じています。
50代起業で成功するために必要なのは「経営する力」
長年培ってきた経験や専門技術は、起業において大きな強みになります。
しかし濱田さんは「経験だけでは事業を続けることはできない」と話します。
技術や経験を事業として育て、長く続けていくために欠かせないのが「経営する力」です。
40代から経営を学び始めた理由や、独立後に実践を通して身につけてきた経営視点について伺いました。
Q:独立して、一番良かったと感じるのはどんな点でしょうか。
50代で会社を辞めて起業するとなると、一番大きな課題は「経営を知らないこと」なんです。
仕事の経験は豊富でも、それだけで会社は経営できません。 現場で培った経験は大きな武器になりますが、それを事業として継続させるためには、経営という視点が欠かせないと思います。
Q:会社員時代から経営を学ばれていたそうですね。
40代の頃、中小企業診断士の資格取得を目指して3年間勉強しました。
資格そのものが目的というより「将来自分で仕事をする時に必ず役立つ」と考えたからです。
経営管理や財務などを体系的に学び、一次試験には合格しましたが、二次試験は最後まで合格できませんでした。 私はどうしても自分なりの考えを書いてしまうタイプだったので、決められた型に沿った論述試験は苦手だったんです。
それでも、その時に学んだ経営や財務の知識は、今でも品質管理や会社経営に役立っています。 資格が取れたかどうか以上に「学んだこと」に価値があったと思っています。
Q:独立後は、経営についてどのように学ばれたのでしょうか。
特別に学び直したというより、実践の中で身につけてきました。
「どうすれば仕事として成り立つのか」「利益を出しながら継続するにはどうすればいいのか」 その答えを探して試行錯誤を繰り返す中で、経営についても自然と学んできたという感覚です。
机上で学んだことももちろん大切ですが、事業を続けながら身につけたことの方が大きかったですね。
Q:技術者としての経験と、経営する力は、やはり別物なのでしょうか。
そうですね。 技術力を武器に起業し、実践の中で経営を身につけていく方もいますし、経営が得意なパートナーと組むという方法もあります。
ただ、事業を長く続けるためには、経営に関する知識や視点は欠かせません。 技術や経験は、お客様へ価値を提供するための土台です。
そして、その価値を継続的な事業へ育てていくのが経営だと思っています。
Q:これから起業を考えている方へ「経験」と「経営」の関係について伝えたいことはありますか。
事業を継続していくためには、経営を学ぶことは必要だと思います。
とくに財務は、経営者として必須の知識です。また、自分なりの事業の軸を持っておくことも大切です。 私自身も、最初から緻密な事業計画を作っていたわけではありませんが「この専門性を軸に事業を続けていく」という考えだけは持っていました。
起業して10年以上になりますが、今あらためて感じるのは、事業を続けるためには「専門的な技術・経験」と「経営する力」の両方が必要だということです。 経験が豊富だから経営ができるわけではありません。
逆に、経営だけを学んでも、自分ならではの専門性がなければ長く続けることは難しいでしょう。
50代以降には、これまで積み重ねてきた経験という大きな財産があります。その経験に経営の力が加われば、それは若い世代にはない大きな強みになります。
だからこそ「経験があるから大丈夫」ではなく「経験がある今だからこそ、経営も学ぶ」という姿勢が、長く活躍し続けるためには大切なのではないでしょうか。
後編では、濱田さんが実践する「暗黙知をAIで見える化する仕組み」や、熟練技能を未来へ残すためのAI活用、そして50代・60代だからこそ実現できる新しい働き方について、さらに詳しく伺います。
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